本当にただひたすらに悪意などなかった君と話したかった
恋をしている、のかもしれない。
と思ったのは先月半ば過ぎのこと。
今までなんとも思っていなかったひとのことが突然、ふとした瞬間からキラキラ見えた、なんてドラマチックなはなしではない。
普通に会話をしていただけ。普通の会話がすこし、他のひとより弾んでいただけ。ぽんぽんぽんと、キャッチボールが剛速球で、いたくて、けれどもあたたかみがあった。なんとなく「同じにおい」がした。その匂いをある日、感じてしまった。
それだけ。
今まで何度も他人の中に「同じにおい」をかぎ分けて、特別なものを見出そうとして、失敗した。ひとと関われば関わるほど、「同じ」なんてないことに気が付いて、諦観するようになった。わたしが自分の感情が冷めていくのをうちながめていると、それに気づいてかわたしの気持ちを必死でつなぎとめようとする。申し訳なさを何度も嘘で塗り固めて、なんとか形を保って、けれどもツギハギはいづれ壊れる。
ひとと付き合うって難しい、と思う。
それは今も同じ。
「わたしは付き合うということに向いていない」
それが高じてか今、恋してるのかもと感じた相手に対して「付き合いたい」という欲が一切ない。
未来を描いて勝手に落胆している訳ではなく、単純に未来が描けない。
この先わたしは恋をし続ける。だってそれはわたしの原動力になり得るから。
けれども、未来をそぎ落とした恋をし続けるのであれば、それはそれでなんて空しいのだろう。
行き場のない原動力は全て自分に還元される。わたしが生きるための養分になる。わたしを形作るものになる。
それだけ。それ以上でも以下でもない。
自分だけで完成され、閉塞的な世界は、孤独も幸福も喜びも悲しみもなにもかも包括していて、ひんやりとあたたかい。