のらりくらり

いつだって漂っていたい

同じフレーズ重ねるリズム飽きることなく繰り返す


最近は都々逸なり短歌なりを日常的に吐き出す習慣がなくなってきてるから、ここにきてから考えて推敲することもなくどーんと投げ出してる感があるよくない。
かなりてきとうになっていて、あたしが言いたいことが割とストレートに現れがちで、わかりやすくなりすぎてる気がするってことです。

ふー。

三連休はそこはかとなく終わりました。
バイトの面接が通って、夜の街に繰り出して、だらだらと眠って、びしばし料理して、のんびり読書して、チョコレート食べてお酒飲んで仕事して。
やりたくないことからとことん逃げ出していた。でも結局やらなきゃいけないからやる訳ですが、やり出したらやり出したで楽しくがんばれる訳ですが、どうしてこう重い腰を上げるのに苦労するんでしょうかねぇ。

どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。

なんて羅生門で下人が言ってる訳ですけど、それほどまでに追い詰められる程の「どうにもならないこと」があたしの人生の中で果たしてあるのだろうか。少なくとも今の仕事、もっと頑張らなきゃいけないしやりようはあるんだけど、最近はいまいちだらけがち。中弛みなのかしら。

たぶんそういう「どうにもならないこと」が起こり得るとしたら、どうしても 結婚 の二文字に集結してしまうなぁ。どうにもならないことだよこればかりは。ご縁とタイミングだもん。
人生なんてそんなもん。人との出会いに始まり仕事趣味もろもろ、ご縁とタイミングの絡み合いだよ。
そういったら怒られることもあるけど、それはだいたい真理だしそう思う方が気が楽だし。

そう思える方が幸せなんだとおもう。
諦めている方が、幸せなんだとおもう。

なんて言っても怒られるかもしれないけれど。
やっぱり、大人になるって諦めていくことなんだとおもうよ。
それぞれの定義があればいいと思うけど、あたしはそう思う。いかに現実を見据えることができるようになるか、いかに泥臭くなくなるか。
そうやって落ち着いてしまうのが大人。

こんな夢も希望もないよーなことを若い子達に押し付けようとは思わないし、押し付けてはいけないなぁと思うくらいの分別は持ってる。大人の仮面をかぶったインチキ人間にはなりたくない。それはただの暴力だし。
あたしはそう思うようになってしまったけれど、若造たちは夢とか希望とかキラキラしたものを抱えていてね、と思うよ。いつまでも(いい意味で)少年少女でいてね、って。

熱血系の人種はやっぱりどうして苦手だけど、子供心を抱えたふわふわしていてどこか地に足が着いていないような人は大好きです。そういうこと、わかっていながら大人にならなきゃ、けどなりたくない、子どもでいたい、そういう訳にはいかない(そして実はもう大人である自分を深層では理解していることを見て見ぬふりをしている)、っていろんな矛盾の中で葛藤してもだえて床をゴロゴロしてるような人がすきです。

アレッ、何の話だ。
たぶん、さくらももこが好きだって話だとおもいます。近々図書館いってこよっと。